松下孝之助の本を読んでいると、思わず姿勢を正している自分を発見します。

その本はやさしく問いかけてくるのですが、その端々に怖いくらいの力強い思いが含まれているのです。

上司の哲学―部下に信頼される20の要諦 |江口 克彦

上司の哲学―部下に信頼される20の要諦上司の哲学―部下に信頼される20の要諦
江口 克彦
PHP研究所 刊
発売日 2001-11
価格:¥440(税込)
オススメ度:★★★★




上司への査定本 2005-10-18
部下の哲学を読んだ後に読んだが、部下の立場で今現在の職場の上司のレベルを内容にてらして判定するのも面白い。いかにダメなのかまあいい線を行っているのか…また自分が上司の立場になったときの参考にもなる。上司のダメさ加減をお嘆きの貴兄には特におすすめ。逆の立場で、この本を必死に読んで勉強する上司がいるとしたら?会社のお金を無駄食いして平気な上司よりやはり少しは見どころがあると言えましょうか。しかし本当にこういう本が必要な上司こそ、自分が最高に理想の上司だと思っていることでありましょうぞ。それも世の常、人の常。

上司としていかに部下と向き合うべきか 2005-10-02
本書は、上司が部下とどのように接するべきかを、松下幸之助氏が著者に語り、教えた事をまとめる形で解説している本です。全部で20項目が記されていますが、それぞれに松下翁のヒネリが効いており、思わずウーンと唸るところがありました。「夢がなければ眼は輝かない」
「勝ち方の美しさを競う」
「雑談を大切にする」などの点は言われてみればその通り、という事なんですが、なかなか自分からは気がつかず、ましてや実践出来ているとは言えないものでした。部下を持ったばかりで、肩肘が張っている人に是非読んで頂きたい本です。

感動! 2005-08-27
この本を読んで松下幸之助という人物が如何に偉大な人で有ったかを改めて実感しました。しかも著者は彼の部下で有った人です。
どんな上司だったら部下にこんなに思われるのだろうと考えます。
今の世の中、探してたら居るんでしょうか? こんな上司が!
残念ながら私の今の会社には一人も居ません。陰で部下の悪口を言う上司や気に入らない部下には徹底的に嫌がらせをする上司等ばかりです。
松下幸之助さんの様な人に巡り会えていたら、きっと自分の全てを捧げてもいいくらい彼の為に働いていたかも知れません。
それが出来ない今と成っては、自分が上司と成った時に部下に信頼される限りない魅力を持った人間に成る事だと思いました。
上司と部下を結ぶ信頼関係が明日の会社を支えるのだ思いました。


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この記事は2006/4/15に作成しました。

【松下孝之助の生涯】
1894年生まれ。1989年永眠。

和歌山県和佐村で小地主8人兄弟の末っ子として生まれましたが、父が相場で失敗し、小学校を中退、単身、親元を離れて大阪に丁稚奉公に出ます。

その後、自転車店、セメント工場などに務めた後、これからは電気の時代が来ると直感した松下は、大阪電灯(現関西電力)に入社し内線係見習工となります。

そして、22歳の時に会社を辞めて独立。電球ソケットを製作、販売するも、商品が売れずに食費にも困るような苦労をします。

その後、徐々に受注が増え、翌年には松下電気器具製作所を設立。ランプ、アイロンなどを製作し、1930年に非常に故障の少ないラジオの開発に成功し、これで松下の名前は一躍有名になりました。

1933年には事業部制を実施し、本体は松下電器産業株式会社に改組する一方、松下電器貿易、ナショナル電球、松下造船などといった関連会社を次々と設立していきました。

戦後は一時GHQによる財閥解体の余波で生産活動ができない状況に陥りますが、ひとつずつ生産再開の許可を勝ち取り、昭和30年代には完全に復活しました。

その後、1952年にはオランダのフィリップスと提携。1959年にはアメリカ松下電器を設立。松下はやがて世界のパナソニックになっていくのです。

第一線から身を引いた後は、PHP運動を通して真理の社会的実践を目指しました。

1980年には、これからの日本には信念あるリーダーが必要と考え、松下政経塾を開塾。多くの有望な政治家の育成に努めたのです。